エヴァーラスティング、灰になったユアン。

28 MAY 2106

空は初夏の始まりを告げるために
神さまが特別に用意した絵の具で描かれたような
神聖な青色を纏い、
風は幼子の頬を撫でるかのようにそっと静かに流れ、大気は上質なシルクのように
肌に優しく触れてくる。

そんな希望と祝福に充ち満ちた日、
ユアンは灰になった。

司は普段どうり、目覚めるとすぐシャワーを浴びた。
そしていつものようにバスタブの中で
煙草に火をつけると天井を見上げ、
ゆっくり煙を吐きながら、
オプティカルコンソールを展開させた。
(視界の左に映っているのは健康状態を示す体温や心拍数などの基本的なパラメーターでニコチンやアルコール、薬物など害を与える物質の過剰摂取に対する警告を示すラベルの幾つかが点滅したりポップアップを繰り返している。中央にはワイアードのアカウントが表示され、その横に網膜認証が有効であることを示す「∞」という記号が緑色で光っている。右には、現在のデイトタイム、メール、着信履歴などを示すホームリストがホログラフィックアイコンになって縦一列に浮かんでいる。)

ワイアードへアクセスする。

目を閉じると見えているのは深遠な闇。
何処を向いても何も見えない、ただ闇があるだけ。
(違う。)
何も見えないんじゃない。光がないだけだ。
司のワイアードは光さえ抜け出ることが出来ない
ブラックホールによく似ている。
高密度に圧縮された一点に
銀河ひとつ収まるくらいに相当する情報が
ぎっしり詰まっている。
司はその情報を光ではなく質量で見ている。
個々の情報のデータとしての質量が
司の意識の中では視覚化される。
司が見ているワイアードの景色はこんな風だ。
初めに暗闇の深遠にぼおっと白い光の点が現れる。
それが次第に捻れ回転しながら
眩い光を発光する巨大な二重螺旋を作り上げる。
これが司の見ているワイアード。
司が情報にアクセスする度に
瞬時に光の二重螺旋は構造がほどかれ二つに分かれる。
(二重螺旋の片方はバックアップであり構造は全く同じである。)
データが螺旋から切り離されると、
螺旋の最後尾に付け足されて螺旋の一部になる。
ワイアードの形態は人間が使う度に癖や嗜好性、
傾向の影響を受け変わっていくシステムだが
ある程度は同一性を保つのが普通である。

司のワイアードは普通とはかけ離れた特殊な形態を持っている。
機能も性能も通常のワイアードとは比較にならない。
だから普通のワイアードでは出来ないことも可能になる。

いつもの制服に着替えたあと、
右手の親指の節に何となく違和感を感じて
右手を上げて見てみると
ほんの少しだけ薄く皮がめくれていた。
たいした痛みはなかったけれど
めくれていた皮を歯で噛み切って
捨ててしまったので
傷口が空気に直接触れて
余計に痛みが増した気がした。
それで傷口を洗ってからパッチを貼ろうと
洗面台で手を洗いながら
何気なく鏡に映る自分の首元を見た。
暫く無心で見ていた。
不意に思い浮かんだこと。
そういえば僕は高等部に上がってから
一度もネクタイを付けたことがなかった。
ネクタイなんて気取ったものは
自分に似合うなんて思うことがなかった。
ん、いや、本音はネクタイが
単純に嫌いだっただけかもしれない。
ああいうのは真面目で普通な人だけが
つけるものだと思っていた。
タバコ吸ったりクスリやったりする
僕には似合わないと思っていた。
でもいま鏡の自分を見ながら、
ネクタイを付けたらどんな感じだろうかと考えている。
一度も付けたことがないネクタイ。
司はすぐにオプティカルコンソールに
いまの自分を投影させて
ネクタイをレイヤードしてみた。
初めてネクタイを付けた自分は不思議と
嫌な気がしなかった。
でもそれ以上にネクタイを付ける理由になったのは
今日は礼儀知らずではいられない
特別な日だということだった。
僕が今日ネクタイを付けることは
僕がこの世界に存在する唯一の理由、
ユアンという存在に出逢えたことへの感謝。
ネクタイを付けるという簡単なこと、
なのに一度もしたことのなかったことをすること、
それは僕からユアンへの感謝を示す為に
必要な行為だと思った。
だから今日はネクタイを締めて行こうと決めた。

初めて締めたネクタイの感触は
首回りがきつくて圧迫感を感じたけれど
うちを出る頃には気にならなくなっていた。

外に出ると風が静かに髪を揺らし撫でる。
空は眩しいほど青く良く晴れたいい天気だった。

ユアンの葬儀はこんな日に粛々と穏やかに行われた。

古くからある針葉樹の森に囲まれた高台の中心に
純白のエストラマーで作られた全て同じ形の墓標が
規則正しい巨大な迷路のように無数並んでいた。
その光景はとても美しいものだったが、
可哀想なほど寂しくも見えた。

墓地には既に大勢の同級生や親族らしき人、
そして高等部全ての教師、
学院長と各学部の委員会の取締役らが来ていて
誰もが静かにユアンの到着を待っていた。

司は予定の5分前に墓地に着いた。
みんなが一様に整列して立っていたので
司は同級生の列の最後尾に並んだ。
足音で何人かが振り返り、
割と仲のよかった同級生が司に気づき
司と目を合わせようとしたが司はそれを無視した。

葬儀は時間通りに形式に沿って
至って普通に執り行われ、
周りでは同級生の殆どが声を出さずに
葬儀が始まってから終わるまで
ずっと涙を流して泣いていた。
僕だけを除いて。

僕にとってユアンの死は悲しみではなかった。
ユアンは願いを叶えた。
理想の死に方で苦しまず死んだ。
だから、ユアンは自分の死を後悔なんてしない。
ユアンの遺灰はアルミニウムポリフオリマーで出来た
円筒形の箱の中に収まっている。

もう既に灰になってしまったユアン。
ユアンを構成していた部品はもうこの世界にはない。
全部灰になった。
灰にユアンの意識は宿らない。
これが死。
そして終わり。

(違うよ、
これが、始まりなんだよ、
ねえ、司。)

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投稿者:

暁、闇。 akatsukiyami

アンビエントサウンド、ヘヴィメタル、エレクトロニカ、ノイズなどに教会音楽などを組み合わせて作られる彼独特のサウンドは、ダークで重いマシンビート、繊細で妖艶な旋律、攻撃的なノイズで狂気と安寧、相反する二面性を表現する。オルタナティブ、ヘヴィメタル、ゴシック、インダストリアル、テクノ、エレクトロニカ、クラシック、様々な様式で構築されるコラージュスタイルのサウンドは、彼が考える架空の世界や架空の国の物語からインスパイアされた世界観からイメージされるコンセプトで作られる。彼にとって楽曲を作ることはその世界観から生まれる物語を表現すること。箱庭遊びのように。

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