春に散る花、きみという僕。

24 MAY 2016
いつか死ぬと知ってここに記そう。
僕の企みを、いつかのきみへ
届け、

23 MAY 2109
春を長く感じるのは温度変化が少ないせいか、それとも
僕だけの気のせいなのか。
もう春を通り越して初夏だというのにまだ心が春を気取っているせいで
きみの命日を忘れそうになる。
ふちが白く天が青い空の遠い向こうから太陽の光が燦々と降ってきて、
頬に当たる風がとても気持ちのよいこんな日に彼女は死んだ。
あと3日できみの死から丸3年が経つというのに
きみという存在がこんなにも強烈に僕の中に残っている。
きみがいないということが僕にはまだ非現実的に思えるのだ。
僕はきみが死ぬのを見たし、葬儀にも参列してきみの死に顔も見た。
確かに現実ではきみはもう死んでいてこの世界にのどこにもいないということは知ったことだ。
それでもなぜか、寂しいからなのか、愛しいからなのか、わからないけれど
きみが死んだことに実感が持てない。
それがきみを失くしてから3年過ぎても何も変わらない僕の中の世界なんだ。
きみが死を願ったとき、僕は止めなかった。
きみは死ぬ前に僕にこう尋ねた。
「私、もうこれ以上大人になりたくないの。だから、18歳になる前に死にたいの。いつ迄も17歳でいたいの。ごめんね。」
きみは僕へ振り返り両手を差し伸べて更に言う。
「これ以上、ワイアードの言いなりにならないために私ここからもう離れたいの。お願い、、いいよね。」
暗い部屋できみの表情は見えなかった。でも最後の時間を楽しんでいることは口調でわかった。
そして、小さな灯りの下にいる僕の前に来ると満面の笑みをしたきみがいて、
彼女のワイアードをよく知っていた僕にはこう言うしかなかった。

いいよ。

きみは両手で優しく包み込むように僕を抱きしめながら耳元で「ありがとう。」と囁いた。
それはとても小さな声で、きみの人生最後の声だった。きみはソファに座って左手の内側に大量のオピエイドを含んだパッチを貼り付けてソファに深く沈みこんで天井を見た。
彼女は数秒後に僕に視線を戻して一瞬ちらっと見て声を出さずに笑った。(なに? さよなら、なの?)
あれはさよならの言葉だったのかもしれない。
チャイナホワイトの強力な神経毒が心臓の鼓動と共に身体中の血管のありとあらゆるすべてに行き渡っていく過程で
彼女はゆっくりとレッドカーペットの絨毯のひかれた階段を昇っていく。
彼女の時間がゆっくりになっていくのを感じた。
彼女の時間がどんどん遅くなっていく。
僕はすべて見ていた。
何も声に出さず、彼女の邪魔にならないように息をひそめて
きみがゆっくりと死んでいくのをじっと見ていた。
それらの記憶は強く残っている。
それでももうきみがこの世界にいないことが信じられないでいる。
何故だろう。
あれを全部見ていたのに。
事情聴取を受けたときにすべて警察に話した。
記録も残っている。
新聞にも載った。
それでも僕の中の細胞がきみの死を拒否しているかのように
僕の脳がちゃんと機能しないんだ。
現実逃避ではない。
記憶の改ざんでもない。
物忘れでもない。
何の問題もない。
ただきみがいない。
それだけが事実なのに僕はそれを信じていない。
これだけの証拠があっても僕のきみはこの世界のどこかで生きているらしい。
それが今現在の僕の心の中の中心で、
僕は自分のことが何もできなくなってしまった。
きみを思うあまりに僕はきみの代わりを僕の中に見つけようとしているのかもしれない。
そんなことはおかしいことだとわかっていても心が勝手にそうするのだ。
僕には何もできない。
僕はもう僕じゃないのかもしれない。
僕はもうきみなんじゃないか。
僕は僕の中に僕というきみを作り出してしまったのかもしれない。
だったら死ななきゃ。
あの日きみが僕に言ったように、僕はきみとして死ななきゃいけないんだ。
きみが死んだ同じ日に、同じやり方で。
それが僕が見ているきみなのだから。
星が生まれて死ぬシステムで僕たちは命を自由に取り扱うのだ。
きみに返すよ、この命。
僕は自我をきみに譲って、
きみがこの世を去ったあの日をもう一度繰り返すんだ。
最後にきみにもう一度会うための僕の中の、

この世界の最後の補完だよ。
何処かで見ていてね、

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投稿者:

暁、闇。 akatsukiyami

アンビエントサウンド、ヘヴィメタル、エレクトロニカ、ノイズなどに教会音楽などを組み合わせて作られる彼独特のサウンドは、ダークで重いマシンビート、繊細で妖艶な旋律、攻撃的なノイズで狂気と安寧、相反する二面性を表現する。オルタナティブ、ヘヴィメタル、ゴシック、インダストリアル、テクノ、エレクトロニカ、クラシック、様々な様式で構築されるコラージュスタイルのサウンドは、彼が考える架空の世界や架空の国の物語からインスパイアされた世界観からイメージされるコンセプトで作られる。彼にとって楽曲を作ることはその世界観から生まれる物語を表現すること。箱庭遊びのように。

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