せかいのはては廻る、そして忘れる。輪廻しない。

18th/September/2006/23:38
せかいのはては廻る

つめをかむ癖を(手は震えながら)
    雪がゆっくりと落ちていく景色を窓から眺めることを
   ノイズが気持ちいいと思う事を
      過去の優しかった言葉の群れを
つかみそこなったなにか(それは良きにせよ悪きにせよ)

  いそがなければならない。

最後の小節がはじまった。

ノイズがランダムに(正確には規則性を持つ)
             音符を食い散らかす。

(忘れてしまうすべてを。)

見たいと思って 見る事のできなかった東京タワーの真下を。
あきらめるほどには求めていなかった希望を。

(祈りを。)

ここにおいて、波に流されるまで眺めていようと決めた。

全部、波にさらわれるまでは、
   ため息も絶望もすべて砂の城の一部にして

  崩れていく線の形を(それが美しいのか、それはたぶん美しい)
     正確に覚えていよう。

          忘れていくその日まで。

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7th/February/2015/17:57

波の音を聞きながら記憶が少しずつ研磨されていくのを感じる。
記憶が一つずつ波にかき回されて砂に削られていく。
少しずつ記憶の粒は小さくなってやがて消える。
それは忘れるという機能。
一つずつ忘れていって新しく覚えてそしてまた忘れて、それを繰り返す。
忘れた記憶はどこへ行くのか。
忘れられた記憶は全て世界の果てに行く。
世界の果ての浜辺には沢山の記憶が落ちている。
(それに触れると、ちくんと痛い。)
ここに流されてくる記憶は全体を留めているものは少なく大体は断片的な欠片の記憶しか無い。
(だから、感覚的なイメージしか掴めないものが多い。)
記憶には削られやすいもの、削られにくいものの2つの特性があって、
幸せな記憶は柔らかで削られやすく悲しい記憶は固く削られにくい。
そうした理由で落ちている記憶の大体は悲しいものが多くなる。
だから触れると、一瞬痛い。悲しみの痛みだ。

悲しいはどうして痛いの。
かなしいはどうしていたいの。
kanashii ha doushite itai no.

波の音を聞きながら遠くから聞こえる言葉に涙する。
悲しいはどうして痛いのか。
僕はそれを知っている。
悲しいは××××から痛いんだよ。

世界は冷たいもので出来ているから心の中はとても冷たい。
悲しいと冷たいは似ている。
僕は、私は、それを最初から知っていた。
生まれたときから知っていた。
この世界には悲しみしかないことを知っていた。
だから願うんだよ。
きみの心が温かくなりますようにって。

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投稿者:

暁、闇。 akatsukiyami

アンビエントサウンド、ヘヴィメタル、エレクトロニカ、ノイズなどに教会音楽などを組み合わせて作られる彼独特のサウンドは、ダークで重いマシンビート、繊細で妖艶な旋律、攻撃的なノイズで狂気と安寧、相反する二面性を表現する。オルタナティブ、ヘヴィメタル、ゴシック、インダストリアル、テクノ、エレクトロニカ、クラシック、様々な様式で構築されるコラージュスタイルのサウンドは、彼が考える架空の世界や架空の国の物語からインスパイアされた世界観からイメージされるコンセプトで作られる。彼にとって楽曲を作ることはその世界観から生まれる物語を表現すること。箱庭遊びのように。

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