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———————虚ろとして

(あの日きみがいなくなってから僕は世界を凍結した。

全てが色をなくし目に映る景色は荒んだ荒野となった。
僕自身はといえば、荒れ狂う嵐のような激しさで堕天した。
一週間ずっと眠ることも忘れ
安物の楽園で天井を見上げたまま何もせず、ただそこに居て
クスリがなくなると時々病院に行った。

きみの香りも忘れてしまった。
(きみの名前すら楽園では思い出すことはなかった。)

きみのいたきみのいない世界は、
匂いをなくし、色彩をなくし、全ての装飾をはがされ、
体の表面は綺麗にすべて1ミリ程の薄い氷で覆われてしまった。
(すっごく痛いんだよ。)

だから僕は神様から安物の楽園を買った。
そしてずっと笑い続けた。)

———————語りとして

ふと、私は一体どうしてこんなところにいるのだろうかと
自らに問いかけることもあった。
それでも悲痛な表情のすぐ後には笑い転げていた。
悲しくて可笑しくて
何もかもが絶望的なのに
笑い始めるとどうしても笑いが止まらなかった。
僕がいた楽園とはそんな場所だった。

きみといたこの部屋がそんな楽園に変わり果てた。
狂ったし、笑えたし、
未来なんてどうでもよかった。
ただ過去を忘れないために
その時間を書き留めておくことだけが
大切なことだった。

その楽園ではどんなに複雑で長い記憶も
書き続けることが出来た。
笑い続けながら悲しい文章を書き留める毎日を過ごした。

(鳩が一斉に空へ飛び立つ姿にはしゃぐ子供たちが居た。)

今、そのときの文章を
もう一度読みなおして美化されている箇所の訂正をし
新たに書き直している。
同じ言葉をそのまま使っているものもあれば
ほとんど書き直したものも多く
そのせいもあってタイトルなどは変更したものが多い。

話しを変えようか。
愛されているとか愛しているとか
もし、自信を持ってそれが本当だと思うなら
それはどこからが愛でどこまでが愛と呼べるものなのか。
もう一度考え直して今まで愛した人の数を数えてみて欲しい。

(それを僕は見ないふりで数える。 )

僕はきみを本当に愛していた。

これは本当なのかどうやって確かめることが出来るのだろう。
どこからが愛でどこまでが愛で
では、この「きみを本当に愛していた。」ということが
真実なのかどうかどうやって確かめたらいいのだろう。
僕が、ではなく、あなたが。

私は狂った詩人で
安っぽいけど高そうに見える言葉を使って
巧みに安っぽいけど高そうに見える文章を書いてきました。
こんなことは多少の文才があれば誰にでも(略)

私は狂った詩人で、と語る
この上記の文章が本当かそうでないか
どうやって確かめることが出来るだろうか。
私が、ではなく、あなたが。

こんな言葉遊びで人の心を動かすことが出来るとしたら
それは本当の天才なのだろう。

僕には関係ない。
(足跡が、ひとつ、ふたつ、 みっつ、 よっつ… 過去を描いた。)
ここにひとつの文章がある。
※下記を参照。

「心に付いた跡は風に晒されても消えず、
過去という名で永遠にそこを彩る。」

私が過去に書いたものだ。
心という言葉を恥ずかしさもなくさらしている。
「過去という名で永遠」と書いている。
確かにいまも覚えているし
死んだあとのことまで永遠に含めるかどうかは
別の問題なので割愛するならきっと本当に永遠なのだろう。
問題はその最後の結びの言葉。

「そこを彩る。」

彩る、これは嘘だ。
私が回想するときに見える視覚は白黒なのだから。
残念だが色彩はない。
私に、ではなく、あなたにとって。

最後に原文に残されていた文章を残して
終わりにしよう。

「神経にきみの跡をつけた。それは僕がつけたもの。
もう二度と、きみを忘れることができない。
例え、それが心を凍えさせるとしても、
きみを忘れるよりはいい。
だからこれでいい。」

tatoe sore ga kokoro wo kogoesaseru to shitemo
kimi wo wasureru yori ha ii
dakara kore de ii

投稿者:

暁、闇。 akatsukiyami

アンビエントサウンド、ヘヴィメタル、エレクトロニカ、ノイズなどに教会音楽などを組み合わせて作られる彼独特のサウンドは、ダークで重いマシンビート、繊細で妖艶な旋律、攻撃的なノイズで狂気と安寧、相反する二面性を表現する。オルタナティブ、ヘヴィメタル、ゴシック、インダストリアル、テクノ、エレクトロニカ、クラシック、様々な様式で構築されるコラージュスタイルのサウンドは、彼が考える架空の世界や架空の国の物語からインスパイアされた世界観からイメージされるコンセプトで作られる。彼にとって楽曲を作ることはその世界観から生まれる物語を表現すること。箱庭遊びのように。

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