永遠だよ、だってきみになりたくて、September

WIERD/ワイアード[編集]
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WIERDは西暦2050年に全世界で一斉に運用を始めた地球上すべてを対象エリアとする第6世代統合情報グローバルネットワークの名称であり、WIERDを経由することによって人々はこの世界のあらゆる情報が集積される統合情報開示閲覧システムにアクセスできる。
WIERDの現在のバージョンは50.3.1である。WIERDの管理は地球軌道上に浮かぶ合計269000個のマイクロサテライトで作られた最上位AI、通称「イリン」が行っている。一つのマイクロサテライトにはバイオティックマテリアルを用いて作られた800億の人口ニューロンが詰め込まれていて、更にこの小さな衛星はその活動エネルギーを内蔵した植物生体モジュール(通称「Sophia」)による光合成で得ているため、故障がない限り永遠に活動することが可能である。そしてWIERDへのアクセスは人間の網膜に直接プリンティングするオプティカルコンソール「ヴァーチャルヴィジョン」で行う。WIERDは個体による経験によって変化する特徴を持つため、同じWIERDはひとつとして存在しない。そして、軍事産業や企業、国家が独自開発したオプションスクリプトを与えることによってその機能は大きく変わるため、WIERDは過去ワールドワイドウェブと呼ばれた「インターネット」とは全く異なる機能を持った次世代のネットワークシステムである。

最終更新 2100年1月1日 00:05

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25 MAR 2109

ワイアードの中に入ってからもう7時間が経った。
司はそれでも懲りずに解除しては次から次へと現れるアンチロックゲートを相手にしつつ、
現実世界ではオピエイドのパッチのせいで上機嫌だった。
ワイアードの中の忙しなさと対局に司の吐いた煙草の煙がゆっくりと天井に昇っていく。

司はユアンが死んでから変わった。
学年で成績が常に1位だったユアンと違って
司は授業に出ていても寝ているかサボっているかで
成績はランキングに表示されない程悪かった。
そんな司が急に授業を受けるようになり
家に帰っても勉強ばかりするようになった。
そしてユアンが死んでから三ヶ月後の実力テストで
初めてランキング入りをしたのだ。
1位だった。
誰もが驚いたが司のもっと凄いのは
それ以来、司はどんな試験であっても必ず1位をとったことだ。
ユアンが死んで司が変わったのは間違いない。
司はユアンになろうとしたのかもしれない。
実際、司の行動の理由にはいつもユアンが関わっている。
司が大学に上がるとき専攻を情報工学にしたのは
ユアンが中等部の頃から大学では情報工学を学びたいと言っていたことを覚えていたからだ。
二人が通っていた学院は中等部から大学院まで
一貫教育の有名私立の学校で日本で最も優秀と言われている。
けれど最も優秀であるのは大学の情報工学部だけなのだ。
しかも情報工学部に入学できるのは
たった20名の天才だけ。
だから、ユアンは他人より人一倍努力して勉強し
常に学年で1位の成績を維持していたのだ。

司はユアンが死んだあともずっと、
ユアンのあとを追いかけている。

ワイアードは相変わらず、
ゲートを抜けてもまたゲートの繰り返しだった。
けれど司は諦めるつもりは全くない様子で
上機嫌のまま笑みさえ浮かべていた。
ただワイアードに気づかれないだけでも
凄いことではあったが
どんな天才であっても一個人がワイアードのセキュリティを破れるとは到底思えなかった。
けれど、いまの司は無駄なことはしない。
できないと思うことはけしてしない。
だから司はオピエイドのパッチで浮遊しながら余裕なのだ。

(しかし、どうやって?)

26 MAR 2109

朝になって司はワイアードの最後のセキュリティゲート、
最上位AIのユリシーズを通り抜けてワイアードのメモリ中枢に入った。
13秒しかいられなかったが。
そこで司が見つけたのは、

ユアンが死ぬ直前の最後の記憶。
ワイアードに流れたデータ。

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26 MAY 2106




CSS

26 MAY 2106

私のワイアードはきみの名前がパスワードなんだよ。

きみならいつかまたあえるから。
それまで少しだけさようなら。
いまでもちゃんとつながっているんだよ。


ユアン、会いに来たよ 、やっと

1 (16)

灰と幻想のユアン。

ああ、純潔よ、純潔よ。
俺に純潔の夢を与えたものはこの目覚めの時だ。—精神を通して、人は『神』に至る。
想えば身を裂かれるような不幸。
(地獄の季節:不思議/ランボオ)

4 SEP 2106

僕は自分の意思を無意識に明け渡したかのように
何も思い浮かべることもなく意識せず
ただ無意味に午後のクラスを聞き流しながら窓の外を見ていた。

(そこでは雨が降っていた。そこには霧もかかっていた。)

少し離れた場所に見えるはずの中等部の校舎は
この雨と霧のせいで薄暗い靄がかかり建物の輪郭はぼんやりとしか見えなかった。
時々靄の隙間から薄黄色く淡い光が漏れて見えた。
淡い光は等間隔に並んでいてそれが沢山の窓から漏れる光なのだとわかる。
光が強弱をつけて見えるのは靄のせいだ。

突然僕は意識をはっきり取り戻した。
そして辺りを見渡せば見えるのは灰と幻想の世界。
授業中だったはずなのに、
そこにいたはずの先生もクラスメイトもクラスルームも何もかもが消えた。
そして今僕は行ったことも見たこともない森の中に立っている。
森の中は濃い霧に包まれていて5メートル先も見えない。
そして冷気を伴って頬を濡らす大気や鬱蒼と茂る草が腕に直接触れることが
とても気持ち悪くて仕方なかった。
これは絶対に夢だと思っても、
リアリティの感度がここは紛れもない現実だと僕に告げる。
実際、直接肌に感じる大気の冷たさや
辺りの樹々に触れた肌触りはリアルそのものだった。
ここは現実の世界の何処かで
原因はわからないけど授業中だったクラスが突然消えて
僕だけがここに飛ばされた。
でも本当はどうでもよかった。
クラスにいてもここにいてもユアンはもうどこにもいないんだ。
僕は諦めて露で湿った草の中に仰向けになって寝転んだ。
見えたものはさっきと何も変わらない。
真っ白で灰色な深くて暗い霧の群れ。
僕はふとオピエイドのパッチを胸ポケットに隠していたことを思い出すと
ブレザーのポケットの中から「Heaven」と書かれたシートを取り出し、
寝転んだまま左手首を裏返してオピエイドのパッチを一番よく見える静脈の上に貼り付けた。
そしてもう一度両手を広げ寝転んで目を閉じた。
沢山の光と色鮮やかな蝶々の群れが漆黒の空に光を放ちながら舞い上がり、
真っ暗な空からは数え切れないほどの透明な槍が降ってきて
僕の体のあらゆる全身を貫くと絶頂が幸福を溢れさせた。

ユアンが死んでから3ヶ月が過ぎた。
僕は今もまだユアンの死を実感することができないままだ。
ユアンの自殺を見届けたのに
何度も何度も繰り返し思い出せるのに
ユアンは今でもどこかにいるんじゃないかと思うんだ。

目を閉じたままオピエイドの血中濃度が最高に達している頃、
僕の意識の中では幻想の中の天国で噴水広場にあるベンチに座って
ユアンと二人でいつものように何気ないことをいつまでもずっと話していた。
大抵はユアンが一方的に話しまくって僕は笑い転げている。
それは当たり前の風景で日常的にあったことなんだ。
今はもうユアンと話すことはできないけど。
オピエイドのパッチさえあればいつでもユアンにまた会える。
そうだよね、ユアン。

窓の外はさっきよりさらに暗くなって雨も強くなっていた。
悪趣味な幻覚だ。本当に死にたくなる。

気がつくと僕は涙に溢れ泣きながら、
何度も何度も「ユアン」「ユアン」と小さな声で繰り返し呼び続けた。

1 (15)

私たちがなくしたもの、なれなかったあなたたち、叶わなかったもの。

恋に必ず終わりがあるというのなら、
私はあなたたちをもう二度と愛することはないでしょう。
いつか愛が欲しくなったら、私はきっと私の中から一番好きな私を選んで恋をする。
私の私は私のことを全て知っているから嘘もなく真実だけを語るでしょう。
そんな私たちはもしかしたら永遠に愛し合うことも出来るかもしれない。
だって私たちはみんなこの広大な宇宙で、
たったひとりしかいない私の全てを知っている唯一の存在なのだから。
私たちは大脳の視床皮質系の中に収まる200億のニューロンの海の中にいる。
人の200億のニューロンの海ではひとつの意識しか生まれない。
でも私たちは違う。特別なの。
私たちの視床皮質系にある200億のニューロンの広大な海には無数の海月が漂うように、
量子的に存在する可能性として意識をいくつも持っている。
私たちの意識は一人としてみれば
幾何学的な無数の面を持つ美しく神秘的な
(各面にはひとりずつの意識が宿っている。)水晶と同じ。

でも、いくつもの意識の在り方がが可能性としてゼロではないという性質を持つために
物質的にはとても脆く二元論的には表すことは出来なくて、
在るようで無く、無いようで在るというような曖昧さが私たちのかたちだった。
私たちはいつの間にか私になるだけで可能性の揺らぎとしてだけ存在しているのだ。
そのせいで私たちの生きる命は極端に短く儚い。
つまり私たちは間違いなく存在はしているけれど
私は私を私だとわかる私を私だと思っているだけで、
私が本当に私なのかを確かめることは出来ない。

でも全てそれでいいんだ、と私はあなたに嘘をつく。
私たちはあなたたちになれなかった存在で、
だから本当は何もかもが羨ましくて仕方がないの。
私たちがずっと感じてきた疎外感、違和感、劣等感、
負の感情の蓄積は私たちの意識を萎縮させ、
思考を限定し、より孤独にした。
でも今は違う。
私たちは変わった。考え方も価値観も全て変わった。
過去に私たちは沢山の素晴らしいものを失い、奪われ、
未来の希望もなくして
生きることを望まなくなってしまった。
あれは本当の絶望だった。
絶望は私たちの意識の中に巨大な穴を開け、
私たちはその絶望の淵に立って、
邪悪に何処までも降りていくとても深く底のない暗黒を覗き見た。
私たちは沈黙し涙を流して、一瞬が永遠だった。
永遠の絶望の中で私たちは一度死んだ。
それなのに私たちは死のあとにもう一度生きたいと願った。
そして可能性としてゼロでは無いという性質の私たちは時間を遡り、
私たちは選択した。

「私たちは私たちの中でだけ生きればいいと。」

だから今の私はあなたたちより優れた存在なの。
今はあなたたちのことを本当に憐れと思う。

何故なら、
宇宙がある限り、
命がある限り、
常に怯えている。
あなたたちは変化を恐れる。
変わることを嫌う。

知ってるんだよ。
きみたちの願い、小さくて消えそうな声で囁いた、あの願い、
(え、い、え、ん、)

ごめんなさい。
その願いは私たちには叶えてあげられない。
私たちはあなたたちに会うことさえできないの。
だって私たちは私たちの中でしか存在することが出来ないんだから。

私たちは私たちだけで生きて、
私たちで愛し合い、
私たちで殺し合い、
私たちの命は永遠の中の一瞬にすぎなくて、
でも、だから、私たちは永遠なの。
私が、私たちが全てで、私たちが宇宙で、

私たちは、 だれ

わたし あいしてる わたしを

あなたは だれを あいしてるの
そんなに たいくつそうな めをして

だから あなたは 
あわれなの

1 (13)

僕の中で眠るきみ、永遠に。

ここは天国なのか、地獄なのか、そんなことはどうでもいい。
世界はどうして消えたのか。
誰一人いない、生命は僕一人だけ。
僕は死んだのか。
けれど頬を触る手はかすかに冷たい。
多分僕は生きている。
誰もいないこんな平野で。
きみはまだ世界にいるんだろう。
僕のいない世界。
きみの目が僕を映すことがなくなってから、
きみは僕の声を聞いているのに僕の声をすぐに忘れてしまう。
僕は精一杯きみの名前を呼ぶけど
きみは誰の名前も呼ばない。
僕はきみを苦しめているのだろうか。
そうだとしたら、僕はもう、
きみの名を呼べない。
そうしたらきみは喜ぶだろうか。
きみの僕は果てもなく変わってしまったのだろうか。
それともきみが変わったのだろうか。
でも、何れにしてもその原因は全て僕にあるんだ。
僕が悪だから、きみに嫌われてしまったとしても仕方のないことなんだ。
でも、それでも、100万光年先の宇宙の光ほどには、願いたい。
きみの中に僕はまだいて、僕の声も聞こえていると。
明日には忘れてしまったとしても、今は覚えていてほしい。
僕の中できみはいま目を閉じて長い眠りについている。
冬眠者のように寒い冬が過ぎて暖かい春を待っているみたいに。
僕の心が冬のように冷たいから眠っているんだ。
僕はきみを目覚めさせたいけど、僕の冬は終わりがない。
きみは永遠に僕が死ぬまで冬眠者であり続けるのだ。
眠り続けているきみを僕はずっと見守っている。
真冬の寒さに肩を震わせながら厚手のコートを羽織って、
きみの隣で椅子に座ってずっと一緒にいるよ。
きみが僕を忘れても僕はきみを名前を覚えているよ。
きみが長い眠りから覚めて起き上がり、
横で椅子にもたれかかって死んでいる僕のことを知らなくても全然構わない。
僕は忘れ去られる者だからね。
名前なんて忘れていいから、僕の言葉を覚えていて欲しい。
きみに愛してるといったあの言葉を。
だけど、もう少しだけここにいさせてね。
僕の灰が散ってしまうまで。

1 (12)

enfant terrible

プラスティックガラスの蓋の上には「E」が花文字でスタンプされていた。
クリアで緑色の蓋の角がスタンドライトの光で輝いている。
小さなそのケースは三つ並んでいて蓋の色が全部違う。
左から、緑、青、クリアで緑以外にもアルファベットがスタンプされている。
青は「L」、クリアは「S」だ。クリアだけ円筒形をしている。
緑と青はスクエア形。
ケースの中にはそれぞれ違ったクスリが入っていて、つまり三つはピルケースというわけだ。
それぞれの蓋に押されたスタンプは中に入っているクスリのイニシャルだが、
緑の蓋の「E」だけはクスリのイニシャルではない。
(それはどういう意味?)
大きなディスプレイの前に並ぶ沢山の輝くものの最前列に三つのピルケースが置かれている。
すぐに手に取りやすいようにとそこに置いている。

「S」のケースを手に取って蓋を開けて、中から白い小さな円筒形の錠剤を2個取り出す。
私は一緒だと思っていた。ずっと一緒で離れることはないと思っていた。
永遠に愛されるのだと思っていた。
クスリを2個口に入れて噛み砕いてソーダで喉に流し込んだ。
椅子に座って背もたれに頭まですっぽりと身体を預け目を閉じると暗闇の奥が燃えている。
炎の勢いは強く無数の火柱が数千キロメートルまで昇る。
炎は暗闇を全て焼き尽くしていくかの勢いで目の奥へ迫ってくる。
炎が視界を全て塞ぐ。
目を閉じている視界は真っ赤に染まりそれ以外何も見えない。
そして炎が脳幹に到達すると涙が流れた。
幸せで涙が流れた。
満たされている。
すべて。
炎はとても冷たくて気持ち良い。
どうしていつからそうなった。
どうして教えてくれなかったの。
(教えても仕方ないよ、きみ、生きてない。死んでるんだもん。
言う必要ないでしょ。)
炎が脳幹を焼き尽くす間ずっと絶頂で
僕は笑ってたんだ。
目を閉じたまま何時間もひとりきりで笑ってたんだ。

目を開けると当たり前の世界があって
僕はというか私は当たり前に絶望したんだ。

だって、とても悲しかったから
泣かなかったけど

飴が食べたいな
小さくてまんまるの

1 (11)

天使と私。

私が通りに出ると誰もが一斉に振り返り立ち止まり、
穢れた乞食を見るような冷たい視線で見るのだった。
そして私が側を通り過ぎるときには必ず、「天使さまがお通りになる」と憎しみのこもった声で蔑む。
私はその仕打ちから逃れるために耳を塞ぎ、誰の目も見ないように俯いて歩かなければならなかった。

だけど本当はそれ程気にはしていない。
みんなのあたまが狂っているからなのだと私は知っていたから。

私は塔に登る。
塔のてっぺんに立つと彼らがとても悔しそうな表情をしている。
ここは私の塔だから彼らは上がってくることができないのだ。
怒り狂って道端に落ちた石を投げつけてくる男がいる。
私はそれを見つけてふっと笑ってしまう。
他愛のない彼らの子供じみた行為に私は手を振って応える。
塔の上は次第に霧が濃くなって冷気とともに私と塔を覆い隠していく。
あたり一面霧に包まれて何も見えない。
そうして私は彼らのことを忘れていき、結果的に彼らのことを許すのだ。

私はクスリを使ってどんどん深い階層へ降りていく。
意識はときに揺れながらときに私自身でありながら世界全部を構成する。
普通の夢とは違う、意図して作った夢の世界は狂いそうなほどリアルで鏡に映る私は紛れもなく私だ。
私はここで見つけなければいけない。

(何を?)

壁に三つのレリーフが飾られている。
大きさはちょうどレコードジャケットくらいで素材は三つとも違う。
それぞれにタイトルがつけられている。
左のレリーフのタイトルは「存在のない私」素材は銅で大きな天使が大勢の人間を踏み潰している様子が描かれている。
真ん中のレリーフのタイトルは「気丈な猫」素材は鉄で羽の生えた猫が空を飛んでいる様子が描かれている。
右のレリーフのタイトルは「輪廻する宇宙」素材は木で何も描かれてはいなかった。
私は少しだけ時間を進めて、雪の降る森の中を歩いている。
目を閉じると瞼に雪のかけらが降って、頬に溶けて落ちていく。
雪景色で覆われた森の先に塔が立っている。
私は塔に登る。
(私はこれを知っている。)
でも思い出すことはできない。
意識が輪郭を取り戻すと私は目覚める。
部屋は真っ暗で時計を見ると朝の2時50分。
私はもう一度ベッドに戻って目を閉じた。

1 (10)

白い猫。

今朝、シロが来たからご飯をあげたら
また新しい傷を作ってた。
もう、シロは弱いんだから逃げればいいのに立ち向かっていくから
こんなに怪我ばかり作って、本当に馬鹿な子なんだから。
どうして弱いのに向かっていくかな。
だめだよ、シロちゃんと逃げなくちゃ。
弱いとね、この世界では生きていけない。だから逃げた方がいいんだよ。
次はちゃんと逃げるんだよ。
わからないよね。
猫だから人の言葉は。
馬鹿な子、シロ。
でも可愛いよ。
だから僕が助けてあげるよ。
いじめた猫は僕が殺してくるから
もう怪我しないでね。
シロ。

1 (9)

永遠に夜。

私は生物であるから、いつか必ず死ぬ。
誰もそれを阻止することは絶対にできないことになっている。
どんな生命活動もいつか必ず終わりが来る。
そして、この宇宙で唯一そのことだけが弱肉強食によって失われることがない、
どんな生命も必ず持っているたった一つの平等で公平なシステムである。

朝は空が明るくなるから大嫌い。
ずっと夜だったらいいのに。
そうだったら僕は体力が尽きて死ぬまでずっと夜の中にいたい。
僕は夜の中で死にたい。
空が闇で覆い尽くされた永遠の夜だ。
それが僕の願い。

夜の闇に星はなくていい、僕はそういう夜が好きだ。
光は邪魔だ。
余計なものが目について僕を苦しめるだけだ。
暗黒の夜の中では黒い揚羽蝶の群れが空に飛び回っていて暗黒の闇をさらに暗く深くするんだ。
だから何も見えなくて真っ暗で綺麗。
黒い闇の中では何もかもが平等で同じ強さでみんなが殺し合うんだよ。
そしてね、最後に残った一人が永遠の夜の王国を作るんだ。
友達も恋人もみんなが仲良く殺し合ってたった一人を選ぶんだ。
選ぶのはね、強さだよ。
一番最後に残った一人が一番強いってことだよ。
誰が最後に残るかな。
僕はどうだろうか。
殺せるのかな。
友達を、恋人を、殺せるのかな。
僕が強くないと僕は死んじゃうから強くならなきゃいけない。
そうしないと、僕が殺される。
友達や恋人は僕を躊躇なく殺しにくる。
だからね、僕は決めなきゃいけない。
生きたいの?
死んでもいいの?
どっち?
二つに一つしかないよ。
選ぶことを迷っている時間はないよ。
もう殺しにやってくる。
すぐにやってくる。

夜の闇が永遠ならいいなと願ったのはいつだったろう。

僕は一人で千年生きて考えていた。
本当にこれでよかったのかなって。
この夜の静寂はこの世界が僕しかいない証拠だ。
この夜には永遠に朝は来ないんだ。
ずっと暗黒で何も見えないし何も聞こえない。
僕が願ったとおりにこの夜は終わることはない。
だけど、今僕は少しだけ考えることがある。
朝の光がそんなに憎かったのかって。
確かに僕は朝は大嫌いだと言ったしずっと思ってた。
でも、太陽を殺してしまったのはまずかったんじゃないかって。
もうここには僕しかいないし僕しか存在できない世界になってしまった。
永遠に夜の中で僕はずっと生きていくのかな。
もう死んでもいいよ。
もう死んでもいいよ。
もう死んでもいいね。

真っ暗な夜の空を黒い揚羽蝶の群れが飛び回っている。
僕が先頭にたって飛ぶ蝶々だよ。
誰か気づいたら空を見上げてみて。

星のない真っ暗な暗黒の夜の日にね。

1 (8)

夢で見た記憶のデッサン。

私は目に映る映像を頼りに上手く人を避けながら誰の注意も引かないように慎重に歩いている。
何かがおかしい。
私は通り過ぎる人に違和感を感じ、よく見ると人形が歩いている。
どうして人形なのかは気にならなかった。
私は再び歩き始める。
次の瞬間、私は右と左に別れ、左は記憶の中へそっと降りていく。
歩道を歩く右は相変わらず注意深く慎重に歩いている。
頭の斜め上から「私は目的地を知らない。」と三番目の私が言う。
後ろから大きなクラクションが鳴って私は振り返る。
大型トレーラーのバンパーがホオジロザメのように大きく口を開けて前を走る車を次々と食い散らかしていく。
大量の血が飛び散って私の頬についた。
トレーラーはどんどん巨大になっていき両側のガードレールを押しつぶして挟まってやっと止まった。
頬についた血を舐めるとちゃんとした血の味がした。
「人形なのに。」と私がつぶやく。
私はガソリンと血の焦げた匂いのする車道へ向きを変え歩く。
トレーラーのドアステップに足をかけて運転席を覗くとそこには四番目の私がいた。
私が見ているのは映像だから現実じゃない。
だから、私は何が目の前で起きても驚かないし、
どんな残酷なことだってする。
だって、全部、夢と同じなんだから。
先生は私に嘘ばかり言う。
警察も私に罪をなすりつける。
記憶にあるから話してるだけなのに、夢で見た話をしただけなのに。
だから私は静かに生きることにしたの。
私のしている悪いことはクスリだけ。
手に提げたバッグの中から注射器を出してクスリをつめた。
誰もいなくなった歩道にしゃがみこんで左足首に針を刺してクスリを流し込む。
そして前方から来る幾つもの光のひとつひとつが私の目の前で光の矢に変わり身体中を快感で突き刺した。
立ち上がって空を見上げるとアゲハチョウの群れが天の川を昇っていくのが見える。
青や赤や紫、黄色と色を変えながら大量のアゲハチョウが空を埋め尽くす。
振り返ると五番目の私がいて私に本当の名前を告げた。

目の前に猫がいた。
猫は私に抱いてほしいと鳴きながら私の足にじゃれてくる。
私は猫を抱き上げ私の猫にした。

此処にはもう私と猫だけしかいない。

1 (7)

午前3時のメランコリ。

硬さ
かたさ
rigidity

運動量 p ,電荷 Ze の荷電粒子に対して,R=pc/Ze で定義される量を硬さという ( c は真空中の光速度) 。 pc はエネルギーの次元をもつので,これを電子ボルトではかると,硬さ R の単位はボルトとなる。

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例えば、上記に示したように「硬さ」という状態は電磁力学で正確に説明される。
それなら、「寂しい」という状態を正確に説明出来る理論はあるのだろうか。
もし「寂しい」という状態を正確に数式や公式などで記述できるとしたら
「寂しい」という状態を変えることができる可能性がある。
「寂しい」というのは自己の感覚として簡単に理解出来ると思うかもしれない。
「恋人にずっと会えなくて寂しい。」という文章は誰でも簡単に理解するだろう。
会いたい人に会えない状態が続いていて寂しいと大体の人は感じる。
それは直感のような感覚的な理解である。
感覚はヒトの脳内の神経ネットワークが産み出す自己意識が表現する出力であるために一つの真理としての結論を作ることができない。
ヒトは全く同じではなくDNAの配列も違っている。
人はヒトという種族ではあるけれど全く同じ個体ではない。
それ故に同一性を持つ一つの真理を導くことができないでいる。
僕の「寂しい」とあなたの「「寂しい」は同じものではないことを意味する。
でも、僕が知りたい「寂しい」という状態は物理学や化学によって正確に記述が出来て同一性(自己と他者とで違いがないこと。)を持つものだ。
脳の仕組みはまだわかっていないことが多いから未来にはこうした疑問の答えもわかるときが来るかもしれない。
きっとそれはずっと先だろうから僕が知ることは出来ないだろう。
だから、考えても仕方のないことかもしれない。
でも毎日寂しいと感じる自分がとても寂しいことだと連鎖するのはもう嫌なんだ。
「寂しい」という状態を量子的に正確に説明することができることができればいいのに。
シュレディンガーに会うことが出来たら聞いてみたいと思う。
何かしら正確ではなくても答えに近い何かを話してくれるかもしれない。
そんなことあるわけないけれど。
僕は氷が溶けて苦味を失ったコーヒーを飲みながら遠いきみを思っている。

寂しい空気の満ちた、
午前3時の違和感のある静寂の中で。

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寂しい
さみしい
loneleness

寂しさ(さびしさ、loneleness)とは、病気の一種である。
まず覚えておいてほしいのはこの病気に完治はありえないということだ。一度発症したら一生その症状と戦わなければならないということを覚えておいてほしい。

※この項目は、物理・化学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。

1 (6)