雨として

絶えず私の脇で悪魔がうごめいている。
手に触れない空気のように私のまわりを泳いでいる。
吞み込むとそいつが私の肺を焼き
永遠の罪深い欲望で満たすのを感じる。
~~~~~
そして私のうろたえ果てた目の中にほうりこむのだ
よごれた衣服、ぱっくりとあいた傷口、
さらには「破壊」の使った血まみれの道具を。

Les Fleurs du mal CIX La DESTRUCTION / Charles Baudelaire

幼子が泣いている
あれは虚ろだろうか、それとも永遠だろうか
この世界には悲しみが詰まっている
泣き暴れるが良い
涙で溺れる寸前まで泣いたなら私がお前を救い出してやろう
この闇の無い世界から

突然降ってきた雨は次第に強くなって天窓を叩き続けている
私は絡み合った葉脈のように窓を滴る雨を見ていた
テラスの扉を開けると一斉に狂ったようなボリュームで雨音が耳に響き渡ってくる
私は夢の中を歩くようにふらふらとテラスを進んでいく
たっぷりと水分を含んだ空気は濡れた服のように肌に触れてきて私を気持ち悪くさせた
天井のないテラスには透明な釘のような雨が
床とテーブルと椅子や、そこにいない見えない私を撃ちつけている
ああ、びしょ濡れだよ
腕や背中に張り付いた服が気持ち悪くて仕方ない。
雨はさっきよりずっと強くなって
私は濡れて肌に張り付いた服を脱ぎ捨てて裸になる。
素肌に降る雨は不思議と気持ちよかった
激しい雨に打たれながら
私は今の私を全部忘れて雨になった
(そうだ)
私が雨だ
雨が叩くこの激しい痛みも
巨大な巨木の枝を折り遠い海まで運ぶ力も
私なんだ
私は思い出す
遠い記憶の中で雨だったことを
わああああああああああああああああああああ・・・
私が雨だ!
私が!

天窓を見上げながら雨の降り落ちる景色を見ていた

あなたがいたらどう思うんだろう
あなたを濡らす雨が私なんだよ
雨に濡れたくないよね
雨なんて大嫌い
雨音がうるさくてなに言ってるのか全然聞こえないよ!
何も聞こえないよ!
誰かなにか言ってよ!

私は雨で私があなたを冷たくする
私は雨

違う!
私は私だ!
だけど
私は誰だ!

私が雨だ

1 (10)

宇宙のマニキュア。

虚ろのコンピュータのモニターには膨大な量のテキストが映し出されていた。
「心」
永遠に続く様なテキストの群れを素早く下にスクロールしながら一瞬で読み終わると
虚ろが興味なさそうに声に出して「噓ばっかり」と言った。
それから虚ろは姉様からもらったハンドクリームを丁寧に両手に塗って
明日のためのネイルを何にしようか考えていた。

何がいいかなー。
折角だし姉様がクリスマスにくれたあれがいいかなー。
僕に似合うかな。
派手かなー。
でも姉様に見てもらいたいしあれにしよー。決めた。

ヘッドレストに頭を沈めて身体を椅子に預けると、「あ」と一声言うのと同時に起き上がって煙草に火をつけて、もう一度後ろに倒れた。
煙草の煙が目の前を流れるのをぼおっと見ていた。
昨日届いた、Plastic Tree の新譜を半分くらいまで聴きながら、虚ろが退屈そうに「なんか死にたいなー」と言った。
枯れたポインセチアが気になったけど無視して、煙草を灰皿に落とすと次の煙草に火をつけて椅子にもたれた。
虚ろは煙草の煙が目の前を流れるのをぼおっと見ていた。

さて、やりますか。
姉様のために。

21時49分、虚ろがマニキュアを剥がし始める。
右手の親指から剥がしていく。
コットンと綿棒を使って丁寧に色を落としていく。
ゆっくり舐めるようにしてそれは続き終わったのは、22時25分。
虚ろはカップに残っていた冷えたコーヒーを飲んで煙草に火をつけるとさっきと同じように後ろにもたれかかって考えていた。
(何を?)
22時32分、新調したばかりのベースコートを塗る。
左指の親指を塗り終わると右手の爪は既に乾いていた。
虚ろが右手の小指を唇にあてながら「ほんとにはやいなー」と言った。
22時34分、全部の爪が乾いた。
姉様がくれたマニキュアを初めて使う事に少し興奮気味な虚ろが「じゃ、やろっか」と言った。
22時41分、マニキュアを塗る。
一度目の塗りでは色は浅く、乾くのを煙草を吸いながら待っていた。
「これは3度塗りくらいかかるかなー」と椅子にもたれながら目を閉じて言った。
結局4度塗りになった。
虚ろは乾くのを待ちながらキーボードにマニキュアが付かないように慎重にゆっくりとタイプしている。
「ベル・マジャンディの法則」
「脊髄神経」
「脳神経」
「視神経」
「中枢神経系」
「視床下部」
「副腎髄質」
「ドーパミン」
「L-ドーパ」
「バリコシティ」

マニキュアの色は地上じゃなくて宇宙から見た星空のように鮮やかで綺麗だった。

1 (9)

The World of Alone

午前2時の静寂は世界が終わってしまったかのようで、私の意識は私ではない何かが支配している。
大抵の人なら眠っている時間に、
私が考えていることといえば、
私をどうしたら捨てられるのかということで、
私は私が大嫌いだがら
この世界が歪むんだ。
生きてても何もいいことないのに。
私は夢の中で何度も死んでみたけれど
何の憐憫もなかった。
私は死にたいわけじゃなくて
この世界を私の都合のいいように変えたいだけ。
このまま、放っておいたら
大変なことになるよ。
私がこの世界の中枢になる。
私が全部決めたい。
私が全部選びたい。
私が全部で世界になるんだ。
冗談じゃないよ。
リアルに真剣にそう思ってるんだから。

ようこそ、私へ。
自由も喜びも青い空もない私の中に。

あなたたちは全てを当たり前のように享受できると思っている。
朝になったら太陽が昇る。
夜になれば月が昇る。
変わらない日常だ。
その変わらない日常を得るために、
どれだけの犠牲が必要なのかを知らない。
お前たちは考えたことないだろう。
人が生まれてから約3万年の間、
全人類が平等に幸せであったことなど1秒たりともなかったというのに。
強いものが弱いものから搾取する。
それは自然の摂理だ。
私は特別に嫌いじゃないよ。
弱肉強食の世界。
私の弟に虚ろという子がいてね。
幼い顔して優しくて、いつも私に甘えていたよ。
私は虚ろが大好き。
でも、虚ろは弱かった。
だんだん心が壊れていって
おかしくなっていく虚ろを悲しみながら私はいつも見ていた。
そして、ある日、思いついた。
虚ろを助けてあげようと。
だから、殺した。
お前たちは此処が何処なのかまだわかっていないのだろう。
お前たちは此処で殺し合え。
そして、一人になるまで続けろ。
最後に一人残る。
その最後の一人を私が殺す。
誰も此処から出ることはできない。

さあ、はじめて

1 (8)

凍える真夏のカシスソーダ。

わが妹よ、肩を並べて泳ぎながら
私たちはただひたすらに逃げて行こうよ
私たちの楽園を目指して!

LEVIN DU SOLI AMANTS / Charles Baudelaire

ベッドの中で彼が私の名前を何度か呼ぶ。
私は床の上で膝を抱えながらカシスソーダを飲んでいた。
真夏だと云うのに冷房が強すぎて冬のように寒い部屋だった。
彼が急にベッドから立ち上がって、寒くないの、と言ってクローゼットの中から
黒い上着を出して、着なよ、と私に放った。
ありがとう、と彼に言ったあと、私は立ち上がって素肌の上にそれを着た。
膝の上まで隠れるくらい長くて厚手のニットが素肌に心地よかった。
温かい。
私はさっきと同じように床に座って残りのカシスソーダを飲む。

此処へ来ると時間の感覚がなくなる錯覚に陥る。
窓からの光は黒の遮光カーテンが隙間無く遮断していて、
暗闇を照らすのは4つある間接照明だけ、
此処は何時どの時間でも同じ景色だから時間の感覚が無くなってしまう。
私はこの感覚が好きだ。
吐き気がする外の世界とは全然違う世界にいるみたいな気分になる。
世界の果て、みたいな感覚。

私が初めて彼の部屋を訪ねたとき彼は部屋のドアを開けながら、
ようこそ、此処が世界の果てだよ、と私に言った。
彼自身が世界の果てと呼んだその部屋は雰囲気だけじゃなかった。
私が望んだものがそこにはあった。
ヘヴンがあっても此処にはかなわない。

私たちは世界の果てで冷たい夏を過ごしながら
いつか終わりが来ることを知りながら
私たち二人だけの世界の果てを四六時中狂いながら記録し続けた。
二人だけの最初で最後のOnly This Moment.

ねえ、今でも覚えているよ、私。
約束のこと、覚えてる、ねえ、、覚えてる、語り。
覚えてるといいな。
覚えてるといいな。

1 (7)

12月21日。

3時17分、生まれてからずっと疑問に思っていたなぞが解けた。
3時22分、気持ちが不安定で落ち着かず、悲しいも、面白いも、同じように感じた。あるのは虚しさと寂しさだけだった。
3時27分、外の気温はマイナス1℃。窓を開けて煙草に火をつけると、人差し指に雪が舞った。雪は溶けて落ちていった。
3時42分、きみが何か話していたけど、僕は無視して早く死ねますようにと神に祈った。
4時12分、銃声がなった。何処かで誰かが死んだ。
4時14分、燃える様な激しい痛みが虚しさも寂しさも消し去ってくれた。
4時21分、何度も名前を呼んだけど寝息しか聞こえなかった。
4時25分、会いに行きたかったな。
4時29分、昨日買ったポインセチアを見上げながらクリスマスプレゼント送ったあとで良かったと神様に感謝した。

プレゼントとどいたらよろこんでくれるかな、
よろこんでくれるといいな、

1 (6)