21, Jul, 2225, 23:47:29
皆が僕に理由を聞く。
その度に僕は削れていく。
よく手入れされたサバイバルナイフが白い肌を1μm単位で手際よく削ぎ落としていくように言葉が僕を削いでいく。
僕のからだからは偽りと記憶が順序よく削ぎ落とされて、
異教の生け贄に捧げられる牡羊みたいに皮を削がれ拷問の痛みに声を押し殺して呻いている。
なくしていくのはいつも大事なものなんだ。
いつかきみと行った東京タワーから見たレインボーブリッジを走っていく車の群れ、
夕暮れから夜の姿に変貌していく街のメタモルフォーゼ、
遠くを見つめるきみの横顔、
黒いシルエットに映る、何かをつかもうとして思いっきり手を伸ばした僕の指先、
夜のスクリーンにパノラマで映し出された何処までも続く東京の輝き、
下から見上げた東京タワーの支柱の大きな広がりと少し肌寒い3月の空気、
入り口の外れに有る喫煙所で二人タバコを吸いながら話した、もう忘れてしまった会話、
帰り道バスの中で手をつないで隣に座っている、いつものきみの香り、
永遠に限りなく近い一瞬の連なりのすべてが際限なく無情にも削ぎ落とされていく。
僕はいつか、何もかもを忘れてしまう。
僕はそれを知っている。
いつか何もかもなくなってしまう。
なくなってしまうからとても大切にしてきたのに、
ある日突然、2月の冷たい朝の目覚めのように一切の容赦なく、みんな消えてなくなってしまう。
僕は16歳と3か月、死ぬには早すぎるし、生きると云うにはまだ未熟すぎた。
ハロペリドール124錠とフェノバルビタール100錠、それとブロバリンを50g用意して、
金で作られたケースに入れられてリビングに飾られていた父親のブランデーを一瓶丸ごと盗んで来て、
用意したクスリをブランデーと一緒に少しずつ胃袋に流し込んだ。
ブランデーは味も香も最悪だった。
クスリとブランデーを全部飲み干してから何分経ったのだろう。
アルコールの甘い匂いはいつまで経っても消えなかった。
激しい吐き気を我慢しながら少しずつ意識が飛ぶのがわかるようになってくると意識と無意識が境目を右往左往していた。
それが何分か続いたあと、何もかも失くした様な顔で僕は眠りについた。
それから2日後、僕はコクーンと呼ばれる恒温フォームシーと呼ばれるバイオジェルシェルターの中で目覚めた。
それが二度目の失敗だった。