死ぬために僕がしたこと。ver.3

4, Mar, 2213, 15:56:50

退屈な授業だった。
これだけ文明が進んで超高度情報化社会になっても大人は子供に苦労させることが美徳であるかのように教育に熱意を注いだ。
アイコンタクトモバイルがあればどんな情報や計算もすぐに透過スクリーンに映し出してくれるというのに、くだらない。
今日は綾菜の命日だと云うのに。

雲が白く見えるのはどうして、チェック
>雲が白く見えるのはミー散乱によるものです。
ミー散乱、チェック
>ミー散乱(ミーさんらん、独:Mie-Streuung)は、光の波長程度以上の大きさの球形の粒子による光の散乱現象である。粒子のサイズが非常に大きくなると、ミー散乱と幾何光学の二つの手法による計算結果が類似するようになる。なお、波長に対して粒子(散乱体)が大きい場合は回折散乱が、光の波長の1/10以下になるとレイリー散乱が適用される。グスタフ・ミーにより厳密解が導かれたとされているが、同時期にローレンツやデバイなども厳密解を得ていた。散乱の特徴として、粒子のサイズが大きくなるにつれて前方への指向性が強くなる。その際には、側方および後方へはあまり散乱しなくなる。雲が白く見える一因である。これは雲を構成する雲粒の半径が数~数10μmの大きさで、太陽光の可視光線の波長にたいしてミー散乱の領域となり、可視域の太陽放射がどの波長域でもほぼ同程度に散乱されるためである。

ほらね。
僕は目の前に浮かぶ透過スクリーンをタップして、授業をボイコットし、アカシックレコードにアクセスする。

>MUSIC
>M – PRINCESS PRINCESS

綾菜が遺書を書きながら聴いていた曲。
綾菜も僕と同じ自殺志願者だった。そして2年前に本当に死んだ。

アカシックレコードは膨大なアーカイヴライブラリーだ。
今から遡って約200年前、第二次大戦が終わってから、大三次大戦が終わるまでのあらゆるメディアのライブラリーを都心政府はその内容が暴力的、猥褻的、倫理観に欠けるとして一切の例外無く排斥し凍結した。今では誰もそれを知ることは出来ない。
僕の大切なものの殆どはそこにある。
既になくなってしまった音楽、映画、映像、テキスト、もうここにはないものがそこには沢山ある。
アカシックレコードがどういった理由で作られたのかは知らない。
アカシックレコードは完璧なセキュリティ・エンゲージ・エンバイロメントであり、高度な最先端医療セキュリティに守られている。
そこにアクセスするためにはCongenital Disorder Glycosylation Type Twoと呼ばれる稀に見る特殊な遺伝形成が必要であり、その遺伝形成を有する人間しかメンバーにはなれない。この特殊で強固なセキュリティがアカシックレコードのメンバーを血統で支配した。メンバー以外は誰もアカシックレコードのことを知らない。

ねえ、アカシックレコードって知ってる?

アカシックレコード、チェック
>404 not found error

アイコンタクトモバイルで調べても載ってないよ。
超極秘なんだ。
でも、四季には教えて上げる。
アカシックレコードっていうのはね・・・・・

僕にアカシックレコードを教えてくれたのは綾菜。僕の姉。
綾菜はアカシックレコードのメンバーだった。だから、同じ血筋の僕もCongenital Disorder Glycosylation Type Twoを持っていた。僕はすぐにアカウントを申請して認証された。そこにはありとあらゆる情報があった。自殺するための方法、音楽、映画、テキスト、etc。
その時からアカシックレコードは僕の大切な場所になった。
既になくなってしまったものがそこには全部ある。
綾菜だけ何処にもいない。

4, Mar, 2211, 10;09:05

>M – PRINCESS PRINCESS
>One repeat

空が近い。
ここから私は落ちて死ぬんだ。
ううん、本当はもう落ちていたのかも知れない。
私は今までずっと底の無い空を落ち続けてきたんだ。
みんな何処にいるの。
私,此処にいるよ。
でも,本当は何処にもいたくない。
だから、笑ってよ。
見えないものが欲しかったけど、そんなのないってわかったから。
もういいんだ。
空が青いよ。
青に染められていく。
吐き気がするよ。
青色が好きっていつも言ってたけど
本当は大っ嫌いなの。
きみがくれた青い薔薇、本当は全部燃やしてたんだ。
飾れなくてごめん。
でも、気持ちは嬉しかったよ。
四季、聞いてる?
これは生まれた時から決まっていたことなの。
星が森へ帰る時間だ。
私もう行くね。
さよなら
私、

自殺と遺伝子の関係、チェック
>SKA2と呼ばれる遺伝子が自殺に関係していると研究。
SKA2、チェック
>日常生活の緊張に対する特に目立たない反応で終わるかもしれないものを、自殺願望や自殺行動に変えることに重要な役割を担っている。SKA2は、マイナス思考や衝動的な行動を抑制する脳の部位に作用するといわれる。この遺伝子に異常があると、ストレスに反応して体内で生成される多量のホルモンをうまく抑制できなくなると考えられる。SKA2遺伝子は、マイナス思考を抑制し、衝動的な行動を制御するために機能する。SKA2が十分に存在しなかったり変異していたりすると、脳は異常レベルのストレスホルモン、コルチゾールを放出する。これまで集められた325人から採取した血液サンプルを検査した結果、SKA2の変異が認められた血液の持ち主の約80%は、自殺願望があったり、自殺を図ったことがあることがわかった。自殺した人はこの化学物質の脳内の値が高いことから、研究チームはこの物質と自殺との間に注目した。実験では80%の確率で、自殺を考えたことがある人や自殺未遂の経験がある人を言い当てたという。

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死ぬために僕がしたこと。ver.2

18, Mar, 2215, 10:20:28

母親の運転する車から降りて、皆がいる列の最後尾に並んだ。
空は春らしく霞がかった青空であちらこちらで小鳥の声がしている。
皆といっても全く話したことのないクラスメートなので誰も僕には話しかけてこない。
それは僕にとって有り難いこと。
周りを見渡せば、一様に白い服を着て真剣な顔で葬儀の伝統であるかのように誰も声を発せずにただ車の到着を待っている。

>What?
魂の無いただの灰を。
>Why?
ただの灰になんの価値があるのか。
きっと価値なんて無い。
これはただの儀式。
レストランで食事をしたらクレジットを支払う。
それと同じ。
誰かが死んだら葬式をする。

一際大きくて真っ白い車がゆっくりと入ってくる。
参列者が待ちこがれていたかのように列を崩し車を中心に列を組み直す。
車が止まり運転手が後部座席を開けると白いつばが長い帽子を被った女が降りた。
白いレースに隠れて顔は見えない。
女は両手に滅菌処理されたアルミニウムの円筒形のボックスを抱えている。
白いロングドレスが風に舞った。
一礼して女は列の真ん中を歩み進んでいく。
参列者もそれに続いてゆっくりと進む。
広い十字路の一番奥、荘厳なレリーフを施したプレートの前で女は立ち止まる。
プレートに刻まれているのは僕の友人の名前だ。

>Who?
僕が唯一話をするクラスメート。
>Lady?
友人の母親。

友人の母親を見るのは初めてだった。
葬儀関係者と見える白いスーツの男がプレートに触れるとカバーが音も無く開いた。
そこに友人の遺灰を納めたボックスを入れる。
母親が後ろになした列に振り向いて深く長い礼をした。
それは俯いて泣いているようにも見える。
参列者は皆沈黙を保って悲しみを演じていた。
僕だけが違う。

友人と僕は自殺志願者だった。
二人とも何度も自殺を試みたことがあり
その度に失敗した。そういう仲間だった。
彼がよく言っていたのは、どうして生きなければいけないのか。ということ。

>NOT
どうして死んではいけないのか?
>Anser
生命は尊く何よりも大切にするべきものだから。

彼がどうして死にたいと思っていたのか、それはよくわからない。
けれど、彼の場合は衝動が先に有ったのだと思う。
理由より先に衝動が有ったんだ。
死にたい衝動。
それだ。

彼との最後の会話のログは残っていない。
ヴァーチャルじゃなく直接会って話したから。
これは記憶の一部。

>やあ。これから死ぬよ、爆弾を手に入れたんだ。
どこで?
>秘密。
何処で死ぬの?
>それをききたくてわざわざ来たんだ。誰にも迷惑がかからない場所知らないかな。
夜の代々木公園なら大丈夫じゃないかな。
>そうだね。有り難う。
うん。
>今日でさよならだよ。
うん。
>何か欲しいもの有ったらあげるけど。
何も無いよ。
>きみはいつやるの。
近いうちに。
>そう、じゃあ。
うん、健闘を祈る。

気がつけば皆が花束をレリーフに捧げて友人の母親に挨拶している。
僕も皆と同じように静かに歩いていく。
花束をレリーフに捧げて、ゆっくりと友人の母親を見る。
この人は何も知らない。

>Judgement
僕があなたの息子さんの自殺のお手伝いをしたんです。
だから、もしかしたら半分くらいは僕が息子さんを殺した様なものです。
それでもこの花束を受け取ってもらえますか。
僕も彼もただ死にたいだけなんです。
自殺に理由なんて要らないんです。
それでもわかってもらえますか。
僕を許せますか。

生きていることが美徳だなんて誰が決めたのだろう。
誰もが一度は必ず死ぬと云うのに。

>Fact
命は一度きりだ。
だからといって命の価値を押し付けられるのはもう嫌なんだよ。

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死ぬために僕がしたこと。ver.1

18, Mar, 2218, 09:20:20

世界が裏切るなら、僕も裏切る。
そう言い残して僕はこの世界を去った。
つまり、死んだんだ。

空間が揺らいでいるように見える都心を形作るのは
光学迷彩を施して外からは中が透明に見える最新のパターンを施した高層ビル群。
商業、公的機関、オフィス、住居、用途は様々、都心で算出されるGDPはこの国の約80パーセントに及ぶ。
そしてここで暮らしている人々はこの国の人口の1パーセントにも満たない高額納税者だ。
第三次世界大戦後、資源の乏しかったこの国は最大の経済効果をあげるための戦略を押し進めた。
効率だけを優先した結果、有力な人材は都心へと集められ都心は拡大しやがて経済も回復した。
しかし都心への一極集中は地方都市の経済に壊滅的な打撃を与え疲弊させ、地方都市はことごとく滅んだ。
現在、この国は都心だけで成り立っている。この国の人口99パーセントを置き去りに。

20, Mar, 2215, 20:42:20

目を開けて起き上がろうとすると何かが僕の右手を引っ張って邪魔をした。
ふと意識の混濁から目覚め、右手に目をやるとたくさんの透明なチュープが皮膚から伸びている。
そのとき僕は瞬時に悟った。
ああ、またしくじったんだ、と。
優しいボリュームでアラームが鳴っている。
僕の右手を押さえている機械のパネルには僕の生命活動の詳細が記録され続けている。
最新の状況のところに僕が目覚めたことを示すパターンが表示されていた。
僕が初めて自殺しようとしたのは何歳の頃だっただろうか。
少なくても今回を含めて10回は自殺を試みたことになる。
全てしくじってしまったけれど。
高度に医療が発達した現在、自殺することは人を殺すことよりも難しい事実となった。
僕はベッドに倒れ込む。
ああ、なんて嘆かわしいことだろう。
自分の命さえも簡単に捨てることが出来ないなんて。
この言葉を何度となえたことだろう。
少なくても死のうとした数だけはあったはずだ。
そして、僕にはこのあと、大量の向精神薬による治療と26ヶ月に及ぶ心理カウンセリングが待っている。
そのことを思うとさらに憂鬱になった。
僕は天井に映し出される青空を睨みながら、次は飛び降りがいいかな、と呟いた。

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